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いかなご四方山話Vol.1

いかなご解禁日が7日に決まった、3月解禁は2011年の3月3日というのがある。

かつて、最盛期は毎日2000Kg(そう2t)以上売れた、そんな盛況ぶりだった。

魚の棚にはそんな魚屋が何件かあり、魚の棚全体で捌くいかなごの数は半端ではなかった。

魚屋どうしの戦いは熾烈を極め、海の上でも、浜での買付も戦い、怒号が飛ぶ。

さらにお客さんにとってもこれは戦い?

故に、我々は「いかなご戦争」と呼んでいる。

街の賑わい=活気。

その根幹はどれだけの競い合い(戦い)があるかではないだろうか。

戦いのないところに賑わいは生まれない。

さて、そんないかなご(正確にはくぎ煮作り)が今日の様な一大ブームとなったのは今から30年くらい前?

それまでの釜揚げに加え、生売りが台頭してきたからに他ならない。

「魚屋で生のいかなごを買ってきて家で炊く」

そんな習慣(おいらは文化と呼んでいる)が定着したからだ。

その先駆者が魚の棚?

そうではない。

ブームの発端は、塩谷(神戸市垂水区)にある魚屋のようだ。

あるお客さんの依頼がキッカケで生のいかなごを売ってみたところ、それが評判となり、近くの魚屋も真似るようになったとか・・

それは、神戸市垂水漁協の組合長によって「くぎ煮」と名付けられた。

いかなごくぎ煮の誕生だ!

垂水駅前にはいかなごモニュメントまで建てられ、ここでのいかなごに対する敬意は凄い?(笑)

やがて、それまで垂水、須磨あたりのローカル文化?に過ぎななかったものが、さらに広がり、魚の棚の魚屋も扱うようになった。

そうなると、魚に対するブランドイメージが強い明石、魚の棚の勢いは凄まじかった。

しかも、当時、多くのスーパーは、いかなごの生売りに対するノウハウは低く、まちの魚屋に太刀打ちできる状態ではなかった。

しかし、そんなスーパーも徐々に力をつけ、現在ではご周知の通り。

発祥の地、垂水でも、このスーパーの脅威に押され、これまでいかなごを支えてきた魚屋の何件かは閉店に追い込まれたと聞く。

魚の棚も近ごろではかつてほどの勢いはなくなった、

その原因は一つではないが、最大の理由は分散にあるのではないかと。

スーパーをはじめ、いたるところで購入できるようになった。

ただ、それでも魚の棚に足を運んでくれるお客さんは多い、何故か?

長年のおつき合い?

それもあるかもしれない。

いかなごはまさに鮮度が命、鮮度が良いものほど、炊きあがりも美しい。

魚の棚は漁港が近くにあり、水揚げされたばかりのいかなごが、速攻で次々に運ばれてくる、ここが最大の魅力であり、他が真似の出来ないところ。

解禁直後に訪れる上級者にとっては、販売価格は二の次、大きさ、そして鮮度が何よりも重要なのだ。

より小さな新子をまるで釘のようにピーンと美しく炊きあげてこそ、

「流石やなぁ~上手やなぁ~」っと、称賛される、

この称賛こそが上級者の求めるものなのだ。

皆さんも称賛を得られるよう頑張って上手く炊いて下さい。

※このブログ、楽しみにしてくれているお客さんも多いようで、店頭でも面白いとそんな声をよく聞きます。

ただ、おいらも商売なんで、その代わりといったらなんですが、当店でお買い求めいただけたらと・・(笑)

次回、お楽しみに・・

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