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コミセン所長さんのいいお話

今日も一日雨、ひまぁ~な一日だった。

夜は、母校の錦城中学で錦城コミセン運営委員会。

そこで今回はコミセン所長さんのお話・・

錦城コミセン所長の高橋さん(以下、先生と書かせて頂く)は、おいらが明石小学校へ通っていた頃の先生。

学年が違いおいらは受け持ってもらってはいないが、おいらの恩師(5・6年の担任)、奥野先生と深いつながりがあったようだ。

ただ、そのことはある本を読むまで知らなかった。

その本とは、奥野先生が書かれた自叙伝?「南吉になれなかった私」。

今もおいらの手元にある。

残念なことに先生は教師を定年退職され、ほどなくしてお亡くなりになられた。

おいらがこの自叙伝を手にしたのはその後だ。

良い先生に教わっていたのだ・・

もちろん小学生のおいらに人の深さなんて理解できない、後になって実感としてわいてきたことだ。

とあるくだりで高橋先生が紹介されている。

奥野先生が31歳の時、教員ソフトボールチームを作った。その時に入団してきたのが高橋先生。

以来三年間、雨の日も風の日も毎日欠かさず、子どもが登校する前の三十分、二人で投球練習をしたとある。

投手の奥野先生の投げる球を捕手として受け続けた高橋先生。

その一節を紹介すると・・

「投げる私はまだいいのだが、ただ受けることだけに、毎日、高砂市から明石まで通い続ける彼に頭が下がった。意地をはっているかのようにどちらも休むことはなかった。外で出来ないときは、講堂で舞台の幕をバックネット代わりにして投げた。こだわり続けたこの三年間の練習が二人の心と技術をずいぶん大きくした。補欠でいいからと言ってた高橋も立派な正捕手になっていた。私の師である。」
(南吉になれなかった私)より抜粋

やがてこのチームは兵庫県のトップとなり、全国大会にも二度出場する強豪チームへと成長していったそうだ・・

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